古代・中世の外交施設「鴻臚館」が消えて500年後、「福岡城」がまったく同じ場所に造られました。難波京・大坂城も同じです。太閤秀吉と黒田官兵衛のコンビが手がけた点も共通しています。大坂城、福岡城にはどのような狙いが込められていたのでしょうか。
積山洋・大阪文化財研究所学芸員、佐伯弘次・九州大学文学部教授の講演とトークで解き明かします。
聴講をご希望の方は、添付のpdfファイルをご参照の上、申し込みをお願いします。
主催:福岡城・鴻臚館を活かした観光都市戦略事業実行委員会
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